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宗派のご案内

高倉寺は、曹洞宗(そうとうしゅう)のお寺です。

曹洞宗とは

曹洞宗は、禅宗の一つで鎌倉時代に道元が中国から日本へ伝えました。
本山は、福井県の永平寺と横浜市の総持寺です。
坐禅を修行の中心に据え、只管打坐というただひたすらに坐禅を行うことを最も重視します。

即心是仏という、坐禅の状態で日常生活を生きていくことを説き、
禅戒一如とも言い坐禅で学んだことが、生活に現れるという考えを基本とします。

曹洞宗の歴史

曹洞宗の流れは、インドでお生まれになられたお釈迦さまの教え、おさとしを幾世代にも渡って祖師方が、悟りの生活を通して、師匠から弟子へと受け継がれ、今から八百年ほど前の鎌倉時代に、道元禅師が正伝の仏法を中国から日本に伝え、瑩山禅師が全国に広められ、曹洞宗の礎を築かれました。

曹洞宗の源はお釈迦さまですから、ご本尊さまはお釈迦さまです。
拝む時は「南無釈迦牟尼仏」と、お唱えして礼拝します。

現在では、全国に約15,000の寺院と、1,200万人の檀信徒がおります。

両祖

お釈迦さまの教えを日本に伝えられ、永平寺を開かれた道元禅師を「高祖」とあがめ、總持寺を開き、教えを全国に広められた瑩山禅師を「太祖」と仰ぎ、このお二人の祖師を「両祖」と呼び、お釈迦さまを含めたこの三師を「一仏両祖」としてお祀りしお慕い申し上げ、信仰のまことをささげています。

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瑩山禅師

瑩山禅師は1264年、越前にお生まれになり、8歳で永平寺に入り三世義介禅師のもとで修行を始め、13歳で二世懐弉禅師について正式に僧となると、瑩山紹瑾と名を改め、19歳になると諸国行脚の志をたて、求道生活に精進されました。そして35歳のとき、義介禅師の後を継いで加賀国(石川県)の大乗寺住職となり、2年後に『伝光録』をお示しになり、曹洞宗が発展する基礎を築かれました。

その後、58歳のとき諸嶽寺を寄進されると禅院に改め總持寺と名づけました。1324年、61歳のとき總持寺の住職を峨山禅師に譲られ、翌年62歳でそのご生涯を閉じられました。

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道元禅師

道元禅師は1200年、京都にお生まれになり、14歳のときに比叡山じょう)禅師のもとで修行に励まれ、「正伝の仏法」を相続されました。
28歳で帰国した後、正しい坐禅の作法と教えをすすめようと『普勧坐禅儀』を著され、34歳のときに宇治に興聖寺を建立し、最初の僧堂を開いて修行者の養成と在俗の人びとへの教化を始めました。また、仏法の境地と実践を伝えるべく『正法眼蔵』の執筆を続けられ、45歳のときに越前に大仏寺(後に永平寺と改名)を建立しました。

その後も道元禅師は修行の生活を送りながら弟子の育成につとめられ、1253年、54歳でそのご生涯を閉じられました。

大本山

大本山總持寺

石川県にあった諸嶽寺を、1321(元亨元)年、太祖瑩山禅師が諸嶽山總持寺と改められたのが始まりです。明治時代の焼失を機に横浜市に移転しました。交通の便もよく、開かれた禅苑として国際的な禅の根本道場として偉容を誇っています。

大本山永平寺

高祖道元禅師が1244(寛元2年)に、お釈迦さまの教えを正しく伝えられた仏道修行の根本道場であるという高い理想のもとに開山されました。約750年の伝統を誇る永平寺は、今もつねに二百余名の修行僧が日夜修行に励んでいます。